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大阪高等裁判所 平成8年(う)190号 判決 1998年3月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮二年六月に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官佐々木茂夫作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人宮崎誠、同塚本宏明、同池田裕彦、同平野惠稔、同田端晃連名作成名義の答弁書にそれぞれ記載のとおりである(なお、右答弁書に対する検察官の反論は、検察官中村雅臣作成名義の「弁護人の答弁に対する意見書」に、これに対する反論は、弁護人田端晃、同宮崎誠、同塚本宏明、同池田裕彦、同平野惠稔連名作成名義の意見書にそれぞれ記載のとおりである。)から、これらを引用する。

所論は、原判決は、被告人には本件火災発生についての具体的な予見可能性がなかったとしてその過失責任を否定しているが、右は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認である、というのである。

そこで、まず、客観的な事実関係の流れから考察すると、原審取調べにかかる関係各証拠を総合すれば、株式会社A電設は、原判決が「被告人が本件工事の依頼を受け、施工するまでの経過」の項で説示しているような経緯で、昭和六一年三月二一日東大阪生駒電鉄株式会社(なお、同社は同年四月一日近畿日本鉄道株式会社に吸収合併されている。以下「東生電」という。)が施工した同会社東大阪線開通工事のうちの「荒本―東生駒車庫間電力線路設備工事」の一環である生駒トンネル内五四番待避所内のY分岐接続器の接続工事を株式会社昭和電設から下請け受注したこと(右荒本―東生駒車庫間電力線路設備工事は、近畿工業株式会社が受注したものであるが、このうち「東生電特高ケーブル敷設工事(その2)」と呼ばれる部分の工事を右近畿工業株式会社から近畿電気工事株式会社(現商号は「きんでん」)が下請け受注し、更にその工事のほぼ全体を株式会社昭和電設が請負い受注していたものである。)、右接続工事に使用されることになっていたY分岐接続器は片端式の凸型のものであったが、被告人は、これに先立つ同年二月二〇日ころ、工事現場付近を訪れた際に、近畿工業株式会社の現場担当者から、接地の方法は、片端式であるとの説明を受けていたものの、右下請け受注にあたっては、株式会社昭和電設の池上友則からは、Y分岐接続器の製造元である住友電気工業株式会社が作成した「Y分岐接続工事標準作業手順書」を呈示手交されたが、口頭では同人からこの点についてあらためて何らの説明もなされなかったこと(右作業手順書には、絶縁筒をY分岐接続器本体に挿入する際の手順に関してこれをフランジに取り付ける際のボルトの取付配置と、接地銅板を取り付ける際の手順に関して大小二種類の接地銅板の取り付けの位置及び手順が同一の図により説明がなされていた。また、同作業手順書には部品の一覧表が添付されており、その内には接地銅板(小)の記載もあった。)、被告人は、右作業手順書を受領したものの、かねてより池上から本件Y分岐接続器が関西電力株式会社の関係で使用したものと同様である(凹型でY分岐接続器の接続部分が接続器本体内に入り込む構造となっており、内部で導通のあるもの)との説明もあったところから、被告人自身としては、漠然と本件Y分岐接続器により接続される特別高圧ケーブルはその両端で接地をする両端接地型のものであると信じたまま、右手順書については、内容を読むことなく、本件の接続工事の施工に着手するに至ったこと、被告人は、昭和六一年三月二三日午後二時ころ、近鉄吉田駅前にある東大阪線工事事務所に赴き、同所において、Y分岐接続器の部品(一号系分)の入った箱を受け取り、これをトラックで、生駒トンネル内の五四番待避所まで搬入し、同待避所において、部品の箱の梱包を解いたが、その際、被告人は、前記のとおり、本件Y分岐接続器の型式が、関西電力のものと同様のものであるとの認識をもっていたところから、梱包を解いた時点では、中に部品の一覧表が入っていたにもかかわらず、部品と右一覧表とをつき合わせて個々の部品が完備されているかどうかの確認をしないまま、兄B及び従業員二名とともに、Y分岐接続器一号系の接続工事の施工を開始したこと、被告人は、右作業の施工に際して、絶縁筒をY分岐本体の絶縁フランジ部に挿入し、これをボルトで締め付ける際に、絶縁フランジ二孔側の双方のボルトの取付位置に関しては、前記作業手順書の記載によらず、二孔側の一方について、一二個あるボルト穴の取付位置をずらしてボルトを取り付けたために、結局、二孔側の左右のボルトが右手順書記載の取付位置とは左右で三〇度くいちがう位置に取り付ける結果となったこと、その後、被告人は、右同日午後八時ないし九時ころになって、接地銅板の部品がないことに気づき、右の部品がないまま作業を進めてよいかどうか迷ったものの、結局は右の部品がY分岐接続器の外部に取り付けられるものであることから、事後にもこれを取り付けることは可能ではないかと判断し、作業を中途で中断した場合には、各部品に粉塵が付着することなどが予想されたこともあり、右の接地銅板の取り付けをしないまま作業を続行することとしたこと(その後、部品のうち保護用ビニールカバーも欠落していることも判明したために、結局、この接地銅板の取り付けと本体の保護カバーの取り付けを残したままで、全ての接続作業を終えた形で、当日の作業を終えた。)、翌二四日朝、被告人は、Dに対して、電話で、Y分岐接続器のうち保護用ビニールカバーと接地銅板という部品がないことを連絡して、至急、これを探すよう依頼したが、D自身は、欠落していた部品の形状等についての知識がなかったために、一人で探すことができず、D、被告人及びBの三名で、前記吉田駅前の工事事務所の地下倉庫を探索することとなったが、その日の探索では、右の部品を発見するには至らなかったこと(その際、被告人は、Dに対して、接地銅板や保護用ビニールカバーがないままY分岐接続器二号系の接続工事に着手すべきかどうかを相談したところ、Dは、日程の都合があるので手持ちの材料のみで工事を続行して欲しい旨答えた。)、そこで、被告人は、前記同日、同事務所から再度Y分岐接続器(二号系)の部品を五四番待避所まで搬入し、一号系と同様に接地銅板及び保護用ビニールカバーを欠いたままで工事を施工し、組立作業を完了したが、同月二六日午後六時ころに至って、Dが本件Y分岐接続器の製造元である住友電気工業に照会した結果、前記欠落していた部品が、吉田駅前の工事事務所の倉庫内にあるとの連絡を受けたので、同人は、これを被告人に連絡し、被告人らとともに、右同日、再度吉田駅前の工事事務所倉庫内を探索した結果、接地銅板及び保護用ビニールカバーの入った箱を発見し、被告人はこれを携帯して五四番待避所に赴き、これらの部品を組み立て済みのY分岐接続器に取り付けようと試みたところ、前記のとおり、被告人らの組み立てたY分岐接続器は、絶縁フランジの二孔側のボルトの取付位置が標準作業手順書の記載と異なり、同記載の取付位置とは左右で三〇度ずれた位置に取り付けられていたために、二孔側双方のボルト部分に取り付けられることとなっていた接地銅板(小)を取り付けることができなかったこと(なお、接地銅板(大)に関しては、被告人は一孔側と二孔側の片側の間に取り付けられることとなっていたところ、これもボルトの位置のずれのため手順書の指示に従った取り付けができなかったが、被告人らが同部品をペンチで折り曲げるなどしてかろうじて取り付けることができた。)、絶縁筒とY分岐接続器本体部分は八〇〇トルクで締め付けられていたために、ボルトをはずすこと自体は、人力的には不可能であったうえ、絶縁筒を固定するために収縮チューブが使用されており、これを除去することとなると、結局、Y分岐接続器の部品を再度取り寄せて最初から工事をやり直す必要があったこと、被告人らは、右のとおり、接地銅板(小)を取り付けることができなかったため、Y分岐接続器の一孔側と二孔側各部分、及び、二孔側相互間の各絶縁筒フランジ部(接地銅板の取付位置)に接続された各遮へい銅テープ間に、電気の導通があるかどうかを検査してみることとしたが、その際に、使用したのは絶縁抵抗計(メガテスター。一〇〇万オーム単位の大電気抵抗を測定するために使用されるものであり、数一〇オーム単位の電気抵抗値の検出には使用できないものであった。)であり、Y分岐接続器本体の絶縁フランジ間の半導電層部に誘起電流が流れる場合の電気抵抗値は概ね四〇オーム程度のものであるために、当然、前記絶縁抵抗計によっては、その電気抵抗値を検出できないものであったが、被告人は、右絶縁抵抗計の測定で抵抗値を示されなかったことや被告人が以前に施工した経験のある凹型Y分岐接続器においては、前述のとおり、接続器本体が金属で構成されており、内部で導通があったことから、結局、本件Y分岐接続器の遮へい銅テープ間も内部的に導通がある構造となっているものと誤信するに至ったこと、右の誤信の結果、被告人は、前記接地銅板は内部的な導通に対していわゆる二重アースとなっているものであると誤信して、その時点であえて組立済みの部品を解体してまで接地銅板(小)を取り付ける必要はないものと判断し、右のとおり、一号系及び二号系の合計六個のY分岐接続器について、いずれも接地銅板(小)を取り付けないままで作業を完了したこと、本件Y分岐接続器に通電が開始されたのは、昭和六一年四月二一日であるが、右Y分岐接続器に接続された電力ケーブルに流されたのは二万二〇〇〇ボルトの特別高圧電流であり、そのため右電力ケーブルの周囲の絶縁物の外部に生じた誘起電流は遮へい銅テープに流れるが、このうち二孔側の一方である新生駒変電所に至るケーブルに生じた誘起電流は、本来は接地銅板(小)を通して新石切変電所側の遮へい銅テープに流れてゆき、右変電所側で接地する仕組みとなっていたにもかかわらず、被告人が右Y分岐接続器に接地銅板(小)を取り付けなかったために、右Y分岐接続器の絶縁筒フランジに接続された銅製埋込金具から右Y分岐接続器本体の表面の半導電層部を介して二孔側のもう一方(新石切変電所からのケーブルに接続された部位)の銅製埋込金具から絶縁筒フランジ、更には同ケーブルの遮へい銅テープへ流れようとすることになり、右半導電層部に「炭化導電路」が形成されること、同部分に通電を継続した場合、炭化導電路が形成された部位は電気抵抗値が下がるために、誘起電流は、そこに集中して流れ、その部位は発熱して、炭素が燃焼して灰化すると、その部位の抵抗値が上がるため、誘起電流は周囲の半導電層部に流れ、更にその部位が発熱、灰化するという過程が繰り返され、この過程を繰り返して、炭化導電路はY分岐接続器二股部の上下からY分岐接続器の胴体部分に向かって進行していくこと、他方、右のように半導電層部が発熱すると、Y分岐接続器本体がPVCカバーで覆われているために、放熱より蓄熱効果が高まり、温度が極めて高くなり、その結果として、半導電層部やPVCカバーが分解して可燃性ガス(塩化水素、一酸化炭素、メタンガス等)が発生し、これがPVCカバー内に貯留するが、PVCカバーも炭化して赤熱するに至り、抵抗値が下がって、電流が流れやすくなるので、誘起電流はPVCカバーと接続しているステンレスバンド(ステンレスバンドはY分岐接続器が設置された金属製の架台を介して大地と接地している。)を通じて大地に流れるに至るけれども、電車の通行により振動する際にステンレスバンドとPVCカバーが離れた瞬間等に、アーク放電と呼ばれる現象が生じ、これによって、内部に貯留していた可燃性ガスに点火して発火に至り、その際に、右のような発熱により赤熱していたY分岐接続器本体やPVCカバーも燃焼するに至ること、このプロセスは、長期間をかけて緩慢に進行するものであり、通電開始から火災に至るまで約五〇〇日を要するものであるため、右のようなプロセスを経て原判示のような火災事故が発生したのは、昭和六二年九月二一日であったことなどをそれぞれ認めることができる(弁護人らは、原審において、本件火災の出火場所につき、生駒トンネル内五四番待避所内の電力分岐設備ではなく、それ以外の例えば同所上方の立坑内等である旨主張していたのであるが、右主張が採用できず、本件火災の出火場所が右五四番待避所内の電力分岐設備に他ならないことは、原判決がその理由中「本件火災の発生場所及び発火点の特定について」の項で詳細に説示しているとおり関係各証拠から明白であるといわなければならない。さらに、弁護人らは、原審のいわゆるS報告書は証拠能力を欠き、かつ、いたずらに憶測を展開するもので信用性を欠くものであるし、仮に、S報告書や証人Sの原審証言が一〇〇パーセント信用できるものであることを前提としても、被告人が接地銅板(小)を取り付けなかった行為と本件火災事故との因果関係が証明されたとはいえず、いわんや予見可能性の証明に資するものではない旨主張するが、S報告書の証拠能力及び右報告書と証人Sの原審証言の信用性については、原判決が詳細に説示しているとおりであり、また、これらの証拠によって、被告人の接地銅板(小)を取り付けなかった行為が前述のような理化学的プロセスを経て本件火災事故を惹起するに至ったことは十分に解明されたことも原判決が指摘しているとおりといわなければならない。予見可能性については後述する。)。

そこで、被告人の注意義務違反と予見可能性に考察を進めることとする。

原判決は、「これを本件Y分岐接続器の接続工事に関してみると、被告人はDから交付された作業手順書の内容に関しては、……被告人としては、全体にわたり、その内容を了解したうえで、その記載を遵守して右の接続作業を行うべきものであり、また、同手順書中には、本件Y分岐接続器の部品一覧表が添付されていたのであるから、作業の開始に際しても、右に記載された各部品が完備しているかどうかを点検した上で作業すべきものである。他方、右作業手順書の記載の意味内容についても、前記被告人の基本的な知識及びこれまでの工事経験等から理解することができる範囲では、その意味内容を了解したうえ、工事の着手、施工に際しては、右により了解された範囲で、Y分岐接続器及びこれに接続される特別高圧電力ケーブルに発生する発熱、火災等の異常な事態を防止し、安全な使用を確保するに必要な措置を取るべき業務上の注意義務を負うものということができる。」「しかし他方、まず第一に、被告人は、三月二四日の工事着手に際して、本件Y分岐接続器のうち一号系の各部品を五四番待避所まで搬入し、その場で梱包を解いた際に、前記作業手順書中の部品一覧表により、各部品が完備しているかどうかの点検作業をしないまま工事に着手したものであり、前記工事期間の間、接地銅板が欠落していた点は、被告人が右点検作業を怠った結果生じた事態であると認められる。……被告人としては、接地銅板が欠落することによって生じるべき異常事態を回避するうえでは、右の時点で、接地銅板が欠落していることを了解したうえで、その場の作業をいったん中断して右部品の有無を確認し、これを発見したうえで作業に着手すべきであるか、あるいは、少なくとも、作業に着手するにしても、接地銅板が発見された時点でこれを取り付けることが可能なような状態までで作業自体を止めおく形で工事を進行すべきである。しかるところ、被告人は、右のような部品の点検作業を行うことなく、本件Y分岐接続器一号系及び二号系の各接続工事に着手、施工したものである。更に、被告人が前記のとおり作業手順書の内容の了解を欠いたまま、接続作業を施工した結果として、一号系及び二号系の双方について、Y分岐接続器の絶縁筒を同本体に挿入して、これを絶縁筒フランジ部においてボルトにより固定する作業を施工するについて、作業手順書の記載と異なった位置関係にボルトを取り付けたものであり、これによって、事後的にもせよ、接地銅板(小)を所定位置に取り付けることができなくなったものである。以上によると、結局、本件においては、被告人が、作業手順書の了解を怠り、その部品一覧表による部品の点検を欠いたまま接続作業を施工した点、及び、その後前記のボルトの締め付け作業に際して作業手順書の記載を遵守しないで同作業を施工した点は、全体として、被告人の前記注意義務に違反する作業方法であったものといえる。」「次に、被告人が一連の作業を完了した三月二六日の時点において、Y分岐接続器の二孔側相互間及び一孔側と二孔側の絶縁筒フランジに接続された各ケーブルの遮へい銅テープ間の電気的な導通の検査についてみるに、前記認定によれば、被告人らが右の検査に使用したのは、絶縁抵抗計と呼ばれるものであり、本来、一〇〇万オーム単位の抵抗値を計測するものであるが、本件Y分岐接続器本体の絶縁フランジ間の部位は半導電層により構成されているので、その抵抗値は本来数一〇オーム単位のものであるから、被告人らの方法によっては、両者間の導通の有無は本来検出することができないものであった。したがって、被告人が右により絶縁抵抗計を前記の導通の検査に使用したことは、その検査方法として不適切であるというべきであり、当該検査を行っただけで、前記各遮へい銅テープ間に電気的な導通があるものと信じて工事を完了した点もまた、前記注意義務に違反するものというべきである。」としながら、引き続き、「炭化導電路が形成されるという現象については、実験により、そうした現象そのものが生じうることは確認されているが、その発生の原因自体は不明である。ただ、その原因を推測すると、半導電層部を構成する成分のうち導電性のある炭素の分布は必ずしも一様ではなく、密な箇所と粗の箇所があると推定される。そうすると、半導電層部の両端に電極が存在する場合、電流が炭素の密な箇所に向かって流れようとするために、こうした局部的な導通が生じるものと考えられる。以上のとおり、本件Y分岐接続器を設計、製造した住友電工株式会社の担当者も、これまでに経験のない現象であり、こうした現象についての報告も存在せず、また、そもそも、本件Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的は、Y分岐接続器本体への誘起電流の流れを防止するものではなく、ケーブル本体の発熱等を防止するものであるというのであるから、こうした事情のもとでは、右炭化導電路の形成現象に関する限り、……被告人のこれまでの電力ケーブル敷設工事の施工経験及びこれに伴い被告人が取得し、または、取得しうべきである電力関係の知識、知見を前提としても、これを予見しうるものということはできないことは明らかである。……そうであるとすると、本件では、被告人の過失行為から結果発生に至る因果経路の一部に、被告人に予見しえない事情が存在したものというほかはない。」「被告人が本件Y分岐接続器の接続工事施工までの時点で携わってきた電力ケーブル接続工事の実績をも併せ考えた場合、少なくとも、被告人の立場からみて、右遮へい銅テープによる接地系統に不備がある場合には、接地系統により大地に流されるべき電流がいわゆる行き場を失い、本来、予定されていない方向に流れることがありうること、そして、そのような場合にはその部分の抵抗値により発熱現象を引き起こす可能性があることは予見の範囲内に属するものと考えられる。そして、右のように、ケーブルの発熱について予見しうべきものである以上、発熱の結果としてケーブルが発火する可能性のあることも当然に予見の範囲内にあるものというべきである。あるいは、右のように、接地系統に不備がある場合に、場合によって、いわゆる短絡回路を形成する結果として、発火に至ることがありうべきことについては、少なくとも、被告人のように電力ケーブルの接続工事に従事する者の立場においては、当然予見しうべきものであるといえる。しかしながら、本件における火災の発生の原因は、そのようなケーブル自体に生じた異常ではなく、ケーブルを接続するY分岐接続器本体に誘起電流が流れた結果として、Y分岐接続器に炭化導電路という異常な通電回路が形成されたことによるものである。そして、前記S証言によると、本件Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的はケーブル自体の遮へい層に生じる誘起電流を接地することによって、ケーブルに生じる発熱、感電等の異常現象を防止することにあり、Y分岐接続器そのものにこうした異常現象が生じることを防止するためのものではない(S証言によると、そもそも、Y分岐接続器本体、特にその半導電層部に通電することは本来予想されていないのであるから、Y分岐接続器について、電流によって生じる右のような発熱、感電等の現象を想定する根拠自体を欠いているというべきである。)。そうであるとすると、本件においては、被告人が前記認定にかかる本件Y分岐接続器の接続工事において、接地銅板(小)を取り付けないままで工事を施工した工事方法は、客観的にみて、注意義務違反があるとしても、本件火災の発生という結果は、右のような注意義務が発生する根拠となるべき危険な結果(すなわち、ケーブルに発生する誘起電流によるケーブルの発熱ないしはそれによる発火、あるいは感電等)以外の因果経路によって発生したものというべきである。そして、右のような事情に加えて、本件の場合、右のように炭化導電路が形成されるという現象が火災発生に至る因果経過の端緒部分となるものであり、前記のような長期にわたる炭化導電路の形成、灰化、周囲への拡大という過程を経て因果経路が進行するものであるとの事情をも考慮すると、本件において、Y分岐接続器に炭化導電路が形成されたという事実は、Y分岐接続器の接地銅板の取り付けの不備から本件火災発生に至る一連の因果経路の基本部分を構成するものというべきであり、右事実についての予見が不可能であるときは、本件火災発生の結果自体の予見が不可能であるものと考えられる。……接地銅板は、その取付位置にかかわらず、ケーブルそのものに生じる誘起電流を接地するためのものである。そうであるとすれば、接地銅板の取付の不備によって生じる異常現象についての予見の範囲は、特別の事情がない限りは、ケーブル自体に生じる異常の範囲に限られるものである。そして、本件においては、ケーブルの接地系統の不備がY分岐接続器本体に異常を生じたという因果経路の中に炭化導電路の形成という現象が介在しているのであり、そのような現象について予見可能性がない以上、Y分岐接続器本体に生じた異常現象についての予見を基礎づけるべき事情が存在するとはいえない。以上によると、本件においては、被告人が本件Y分岐接続器の接続工事を施工した時点において、Y分岐接続器本体に炭化導電路が形成されるという、その所為から本件火災発生に至る因果経路の基本的な部分において、被告人に予見しえない事情が存在し、右の事情が介在したことによって本件火災が発生したものといえるから、結局、被告人には本件火災発生についての具体的な予見可能性は存在しなかったものというべきであり、したがって、被告人には、本件火災の発生及びその結果生じた公訴事実記載の各死傷の結果について、過失責任が成立するものとは認めがたい。」と説示し、予見可能性を否定しているのである。

しかしながら、まず、このうち、Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的につき、Y分岐接続器本体への流れを防止するためではなく、ケーブル本体の発熱を防止することのみを目的とするものであったとの原判決の事実認定について検討するに、証人Sの原審証言によれば、特別高圧電力ケーブルに遮へい銅テープが施されているのは、絶縁層表面に生じた誘起電流のためケーブルが発熱したり、あるいはケーブル外表面に接触した場合に感電するおそれがあるため、右の誘起電流を接地系統により大地に流す必要があるからであるが、接地銅板はケーブルの遮へい銅テープに生じた誘起電流がY分岐接続器本体の半導電層部に流れて同部が発熱することのないような形で新石切変電所側のケーブルの遮へい銅テープに流すための部品に他ならないことは明らかであり(Sは、弁護人の「接地銅板が取り付けられないでY分岐接続器の半導電層部に流れたらどのようなことが起こると考えていたか。」との質問に対し、「接地銅板がなかった場合を想定して設計はしていません。基本的に外部半導電層には電流を流してはいけない、どんな状態になるか分からないから流してはいけない。だからそこに流す設計を基本的には考えていませんから、必ず逆にバイパスさせる道具をとらないといけないので、それがなかった場合にというご質問に対しては、設計当時はそれがなかった場合を想定しては設計はしないです。」「逆にそれは必ずそこの部分に電流を流さない設計にしないといけませんから、そういう金属板を付けるなり、何らかの手段をとらないといけない。」「半導電層部分に電流が流れた場合には抵抗がありますから、大体二五Ωとか五〇Ωとか、抵抗がありますから、そこに電流を流せば発熱するというのは基本的に想定してますので、そこに流したくないというのが原則です。」と供述している。)、いいかえると、Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的は、ケーブルに生じた誘起電流の流れる遮へい銅テープを電気的に接続して接地系統が遮断されないようにするとともに、これと併せて、ケーブルの遮へい銅テープに生じた誘起電流がY分岐接続器本体の半導電層部に流れて同部が発熱するのを防止することにもあることは明らかであって、原判決のこの点の説示は遮へい銅テープの機能、役割と接地銅板の機能、役割とを混同ないし同一視した結果、S証言の真意を誤解し、接地銅板の役割を見誤ったものというべく、原判決の右認定は事実を誤認したものというべきである(原判決の、被告人は本件Y分岐接続器が両端接地型と信じていたかの如く認定しているところも、前述したところからも明らかなように事実を誤認したものといわなければならない。)。

また、原判決が、炭化導電路の形成が本件火災事故発生に至る因果の経路の基本的部分を構成しているとしている点も、甚だ首肯しがたいところというべきである。もとより、何らの根拠を持たない漠然たる不安感、危惧感を持っていたとか、持ち得たというだけで予見可能性を肯定できないことはいうまでもないが、逆に、予見可能性を肯定するためには、事故発生に至るまでのプロセスにつきその細目にわたる全ての部分についてまで具体的な形で鮮明に予測し、ないし予測し得ることまで要求されるものではないし、いわんやプロセスの細目にわたる部分のそれぞれの電気工学的、理化学的な原因ないしメカニズムを理解予測し、ないし理解予測し得ることまでも要求されるものではない。過失犯の本質にかんがみるとき、事故発生に至るまでのプロセスの基本的部分について未必的にもせよ予測、ないし予測され得ることが予見可能性を肯定する必要にして十分な要件といわなければならない。これを本件に即していえば、本件火災事故発生に至る核心は、被告人が接地銅板(小)の取り付けを怠ったことにより、ケーブルの遮へい銅テープに発生した誘起電流が長期間にわたり、本来流れてはいけないY分岐接続器本体の半導電層部に流れ続けたことにあるのであって、因果の経路の基本部分とは、まさに、そのこととそのことにより同部が発熱し発火に至るという最終的な結果とに尽きるのであって、これらのことを大筋において予見、認識できたと判断される以上、予見可能性があったとするに必要にして十分であり、半導電層部に流れ続けた誘起電流が招来した炭化導電路の形成、拡大、可燃性ガスの発生、アーク放電をきっかけとする火災発生というこの間のプロセスの細目までも具体的に予見、認識し得なかったからといって、予見可能性が否定されるべきいわれは全くないといわなければならない。原判決の予見可能性に関する見解は、因果の流れの中における細目の一つに過ぎないいわゆる炭化導電路の形成とその理化学的メカニズムの意義を過大に評価位置づけし、これを因果の経路の基本的部分と見誤り、結果として因果関係の流れの中のすみずみの細目についてまで具体的かつ鮮明に予見が可能であったことまでも要求したことに帰するのであって、過失犯の本質に背馳する謬見、独自の見解に他ならず、到底採るを得ないものと評するの他はない。

被告人の捜査段階及び原審段階における供述を含む原審取調べにかかる関係各証拠を総合すると、被告人は、昭和三三年ころから、実兄Cの経営にかかるA電気工事株式会社、次いで株式会社ツジ商会に就職して、この間、主に関西電力株式会社の高圧電力ケーブルの敷設、接続工事に従事してきた後、昭和五七年一〇月に株式会社A電設を設立し、爾後、同社の代表取締役として同社の業務を統括し、次兄B等を雇用使用して高圧電力ケーブルの敷設、接続工事に従事してきた者であること、関西電力株式会社においては、同会社の施工する電力工事を請け負う者について、送配電線用特別高圧電力ケーブル接続技能検定と称する工事技能の資格認定試験を行っているが、被告人は、昭和四三年に、同認定試験のA級資格を、昭和四九年に、同じくC級(現在の呼称はCA・CB級)の資格を取得しており(右にいうA級の資格は、特別高圧CVケーブル《ポリエチレンケーブル》を除くSLケーブル《紙ケーブル》接続工事の施工の資格を、C級《現在の呼称はCA・CB級》とは、特別高圧電力CVケーブルの接続工事及びY分岐接続工事の施工の資格を指称するが、C級の資格認定試験においては、Y分岐接続器の接続工事の実技試験が実施されている。)、被告人は、Y分岐接続器の接続工事については、右資格認定取得の後、昭和六〇年ころまでの間に、主として関西電力株式会社からの下請け工事として、合計約四一回程度施工した経験を有しているが、そのうち約四〇回位は、前記の凹型Y分岐接続器であり、本件の凸型Y分岐接続器については、一回、昭和六〇年二月に、安田生命ビルの工事に関連して、同接続工事を施工した経験を有していたものの、その際に使用したY分岐接続器は、両端式Y分岐接続器の接続工事で、分岐する各ケーブルの各端末で接地する方式のものであり、片端式の凸型Y分岐接続器の接続工事を施工した経験は有していなかったこと、その後も、被告人は、新製品が開発されたり、事故が発生したりした時などに行われた講習会には、しばしば出席し、また、配付されたテキストを読むなどして知識や技術の修得に努めてきたことなどの事実を認めることができる。これらの事実によれば、被告人は、電気関係につき、いわゆる学者的な知識はないにしても、長年にわたる経験や研さんによって、いわば職人的な形で、特別高圧電力ケーブルやY分岐接続器の敷設、接続に関する所要の知識、技術は十分に身につけていたものと認めざるを得ない。現に、被告人の捜査段階の供述を検討するに、被告人は、ケーブルの構造、材質、機能、誘起電流発生のメカニズムと遮へい銅テープの役割、Y分岐接続器等の半導電層の構造、材質、機能、コロナ放電のメカニズム、接地の必要たる所以、絶縁体の炭化や線間ショートのメカニズム等につき、自ら図面を書くなどして、電気関係については全くの素人である取調官に対しても、その豊富な知識を披瀝しているのである。

被告人の捜査段階における供述を更につぶさに吟味するに、被告人は、「しゃへい銅テープに流れる電流の量は何アンペア位であるか分かりませんでしたが、送電をすれば、いくらかの電流が必ずしゃへい銅テープに流れるのです。ですから接地銅板を取付けてケーブルのしゃへい銅テープ同士をつないでやらなければ、長いケーブルのしゃへい銅テープに誘導された電流はY分岐の部分で電流の道が切断されてしまうことになるのです。そうなれば、その電流は接地されているケーブル側の方へ流れようとして流れる道を探すのです。つまり、Y分岐本体に電流が流れていくことになるのですが、私らは、こんな状態のことを接地不良と言っています。Y分岐の本体に半導電層が設けてなければ、電流は流れませんが、本体表面は半導電層で覆われていることから、その部分を電流が流れ、接地側のケーブルの方へ流れようとするものと思います。Y分岐には、三方向のケーブルとも、しゃへい銅テープに密着させた接地線が取付けてあり、各フランジにボルト締めしてあるのですが、誘起電流は、この接地線を通って各金層(ママ)製のフランジに入り、フランジ同士をつないだ接地銅板によって何の抵抗もなく接地側ケーブルの方へ流れるのです。しかし、二股部のフランジ同士がつながっていない為、電流は半導電層を通って流れることになるのです。半導電層にはいくらかの抵抗があり、電気を通すことも出来ますが、もともと電流を流す為に造られたものではありませんから、わずかな電流でも流れ続ければ抵抗によって加熱していくことになるのです。しかし、わずかな電流のことですからケーブルに送電された途端に半導電層が熱を持ち出火したりすることはないと思いますが、それが同じような状態が何ケ月、あるいは何年かに渡って流れ続ければY分岐も燃えない材質で造られたものでないことは、見ても分かりますから、流れ続けた電流によって発熱していき、いつかはY分岐から出火するかも分からないという不安が頭の中にありました。電気の事故と言えば、感電等もありますが漏電のように電気が漏れ続ければ火事が起こる事は誰れでも知っていることです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月二七日付供述調書)

「石切き電開閉所に行きますと仲村は、すでに仕事を終え、私らが迎えに来るのを待っていましたので、私も開閉所の中に入り仲村がやった作業の点検をした後、仲村をトラックに乗せ家の方へ帰ったのです。帰る途中の車内でも私は、取付けなかった接地銅板のことは常に頭の中にあり、『あのままでは、いずれY分岐が過熱して火が出るようなことにならないだろうか いや大丈夫やろ』といった心配がいつもあったのです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月二七日付供述調書)

「電気工事の中でも、特別高圧関係の工事については、一般の電気工事以上に注意をはらって実施しなければならないことは、いうまでもないことです。どこの工事についても言えることですが近鉄・東大阪線の電力工事については、完成後には電車に動力を送る為の送電ケーブルでありY分岐接続であったのです。まして工事した場所は、何千メートルという長いトンネルの中央付近でありもし火災でも発生すれば、大変なことになるということも分かっておりました。私らが工事をしました近鉄・東大阪線は、長田駅というところで、地下鉄線と結ばれており、この線の開通後には、少なくとも何分おきかには電車の走る線なのです。電車というものは、老人、子供、女性等どんな人が利用するか分からないものでありこのような電力工事には特に注意を払って施工しなければならないのです。それだけに接地銅板の小さい方が取付けられなくなった時には、相当気分的に迷い、何とか取付けようと努力をしたのです。しかし、今迄に話しております理由から、メガテスターでY分岐二股部を測定してゼロになったということを気休めにして、『何んとか、これで大丈夫やろ』と勝手に判断し、取付けなかったのです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月二八日付供述調書)

「小さい方の接地銅板を取付けなかったということは、結局、生駒側ケーブルと新石切側ケーブルの接地が浮いた状態になるのです。前にも話しておりますように、大・小二つの接地銅板は三方向から来たケーブルの誘起電流を橋渡しし、接地側ケーブルしゃへい層にスムーズにその電流を流す働らきをするものですから、先程言いました接地が浮いた状態になるのです。そんな働らきをする接地銅板ですから、それぞれ独立して働らきをしており、たとえば大きい方の接地銅板のみを取付けた場合、石切き電開閉所側のケーブルと、二分岐間のボルト接続されているケーブルはしゃへい層の電流が流れることが出来るのですが、小さい方の接地銅板がなければ、二分岐間同士でしゃへい層電流の道が断たれ、逃げる場所がないのでY分岐の半導電層を無理に通って接地側ケーブルのしゃへい層に流れようとするのです。その半導電層を通る際に、抵抗があることから、その部分で熱を持ち過熱して行くことになるのです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月三〇日付供述調書)

「次に考えられるのが、高圧以上のケーブルには必ず巻かれているしゃへい銅テープを接地しなかった場合に起こる火災です。ケーブルのしゃへい銅テープが接地されていなければ、しゃへい銅テープに電圧が発生して、その電圧によって、たとえば、シースに釘がささっていた場合等には、しゃへい銅テープから、釘を通って大地に電流が流れ、その際、シースが、発熱することになったり、たとえ、釘がささっていなくても、しゃへい銅テープの端末が、しっかり処理されていなければ、しゃへい銅テープの端末から電流が漏れ、いわゆる漏電の現象によって発火する可能性があるということです。そして、しゃへい銅テープを接地しない場合には、しゃ断器が自動的に開きにくくなることから、火災に至る可能性というのは大きくなると思います。今、話しました、私のケーブル事故に関する知識は、長年の間に、関西電力の人や、又、仕事を一から教えてもらった兄二人に教えてもらい、身についたことです。それでは次に、私が、しゃへい銅テープに電圧が発生したり、電流が流れたりするということを、どのようにして知ったか、ということについて話します。私が、兄について、ケーブル接続の作業を教えてもらった際にも、兄から、しゃへい銅テープには、ケーブル導体の影響を受けて、電圧が発生するので、接地をせなあかんのや、というようなことを聞いていましたが、昭和四九年に私がC級のケーブル接続資格を取得する際に勉強した資料にも、そのことが書かれていたことを覚えています。当時の資格試験は、学科試験がなく、技能試験だけでしたが、その技能試験について、勉強せなあかんと思い、兄や仕事仲間からもらった資料に、内容までは覚えていませんが、しゃへい銅テープは接地しなければあかんのや、もし、しゃへい銅テープが接地されなかったら、ケーブルの表面に電気が発生し、危険な状態になるので、しゃへい銅テープでしゃ断するんや、というような意味のことが書いてあったと記憶しています。……今回の事故つまり、近鉄東大阪線生駒トンネル内のY分岐出火事故も、私が、ケーブルしゃへい銅テープに流れる電流を流す接地銅板を取付けなかったことにより、本来接地銅板を流れなければならないはずの電流が、本来、電流が流れてはいけないはずのY分岐半導電層に漏れ、発火したものと思います。」(司法警察員に対する平成元年二月二三日付供述調書)

「電気は、電気抵抗があるところに流れれば、必らず発熱するものなのです。電気は、本来、電気を流してはいけないところや、本来、電流を流すことを予想していないところ、たとえば、ゴム、ビニール、プラスチック等に流れれば、それらの物には電気的な抵抗があるものですし、又、それらの物は燃えるものですから、発熱、発火、そして延焼していくものです。ですから、ゴム、ビニール、プラスチック等でできている、ケーブルやY分岐で漏電が起こり、一旦、火が付けば、延焼し、火災につながることは、生駒トンネル内で凸型Y分岐の組立作業をおこなったころにも、よく知っていたことです。」(司法警察員に対する平成元年二月二五日付供述調書)などと供述しているのであるが、被告人のこれらの供述は、日記帳等をみて記憶を喚起しながら述べた具体的かつ詳細なものであって、客観的な事実関係の流れや他の関係者の供述等ともよく符合した自然なものであること、被告人は、その局面、局面での己の真情を吐露しながら供述しているのであるが、そこには自らの不作為が原因で本件のような大事故を招いたことへの自責の念、贖罪の念が濃厚に窺われるのであって、自己に有利不利を問わず、全てをありのままに供述することにより、せめてもの償いをしようとの誠意がにじみ出たものであること、被告人が、後述のように本件事故発生直後、近畿電気工事株式会社大阪支社第一工事部長坂口正雄から、説明書のとおりに作業をしたかと質問されたのに対し、接地銅板(小)を取り付けず、説明書に反した作業をしたことを思い出しながら、説明書どおり作業した旨虚偽の回答をしており、さらに、昭和六二年九月二七日、兄Bに対し、接地銅板(小)を取り付けなかったことを人に話さないように口止めしている事実に徴するとき、被告人は、最初に本件火災事故の発生を知った時点で、自分が接地銅板(小)を取り付けなかったことが原因による出火であると直感したものと推認されることや、前述のような取調官に対するレクチャーともいえる電気関係の知識の披瀝等の事情を総合すると、十分に信用できるものといわなければならない(弁護人らは、被告人の捜査段階におけるこれらの供述につき、取調官の違法不当な取調べによってなされ、取調官の作文もまじった証拠能力、信用性を欠くものであり、被告人の原審公判廷における供述こそが信用できるものであるとして、被告人の原審公判廷における供述に全面的に立脚依拠してもろもろの主張を展開しているのであるが、被告人は、捜査段階においても終始在宅のまま取調べを受けていたものであり、この取調べにおいて違法ないし不法と目されるような取調官の対応も全くなかったことは、証人河原常雄や同東巖の各原審証言により疑いをさしはさむ余地のないところとなっているのである。そもそも、被告人の捜査段階における供述の信用性は、その供述内容それ自体からして明らかなことは前述のとおりである。これに反し、被告人の原審公判廷における供述中捜査段階の供述とくいちがっている部分は、誘起電流のイロハの知識もないなどとする不合理不自然きわまりないものであって、自己の刑責を免れんがための弁解を重ねているものであり、Bの同旨の原審供述ともども到底信用できないものという他はない。)。

これらの被告人の捜査段階における供述によれば、被告人にとっては、本件Y分岐接続器に接地銅板(小)を取り付けないままケーブルに特別高圧電流を流すときは、ケーブルの遮へい銅テープに発生した誘起電流が行き場を失って本件Y分岐接続器本体の半導電層部を流れ、その結果、本件Y分岐接続器本体に電流の作用による発熱が生じやがて火災発生の事故に至ることは十分に予見可能であったし、現に未必的にせよ予見していたところといわなければならない。

原判決には、この点について判決に影響を及ぼすことの明らかな重大な事実の誤認があるというべきである。論旨は理由がある。

なお、被告人が、本件Y分岐接続器の接続工事の完了直後に、Dに対して、接地銅板(小)を取り付けなかったことを告知したうえ、その対応策をとってくれるよう依頼した事実があったかどうかの点につき付言すると、原判決は、被告人の原審公判廷における供述に依拠してこの事実を肯定しているのであるが、もとより、この点についてはDは一貫して否定しているところであるし、被告人自身、本件事故発生の直後、関係者による原因究明の過程において、当初、手順書に従って接地銅板は全て取り付けた旨虚偽の弁解をくりかえし、本件事故現場のY分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていない事実をつきつけられるや、覚えていない旨供述するに至り、責任追及を免れんがために汲々としていたのであるが、この間、Dに右工事完了の直後にこの事実をDに告げ、善処を依頼したので自分の責任ではないとの弁解は全くしていないことや、被告人が、捜査段階においても、「私や兄は、いつものように会社事務所で待合わせ、人夫二名を迎えに行って、午前八時三〇分頃に、Dさんのいる、吉田駅近くの工事事務所に行きました。そして、私と兄Bの二人で二階事務所に上り、そこにいたDさんに私が『工事はやっとできました あんなもんやと思いますのでまた見といて下さい』と言って五四番待避坑に設置した凸型Y分岐接続工事のことを報告したのです。すると、Dさんは、『オーケー、オーケー分かった』と言って工事が終わったことを確認してくれました。私は、本来ならこの時に『昨日現場に持って行った接地銅板大・小の内小さい方だけは、どうしても取付けすることが出来なかった、そのままにしているから一度見てもらって、駄目なものならもう一回工事をやり直す』というように私が勝手に小さい方の接地銅板を取付けしなかったことについて報告するのが責任施工として下請した私の義務だったのですが、そんなことを報告すればDさんは当然『それでいい』とは言いませんし、工期が迫っている工事ですのに昭和電設の顔も丸つぶれになってしまうのではないかという気持ちから報告が出来なかったのです。またDさんは、Y分岐工事については、わざわざ資格を持っている私に頼んで来ているのですから私がこの時『工事は失敗したので、もう一度やり直す』というようなことを言えた義理ではなかったのです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月二八日付供述調書)とか、「私の気持ちとしては、『まだ接地銅板の小さい方を取付けなかったことが原因だとはっきり決まった訳でもない 工事の時、メガで当って、導通を確認しているから大丈夫と思う』という気持ちもあったので今後、近電工や昭和電設等から追及されても接地銅板のことは、それ迄通り取付けたように言っておこうと考えたのです。そこでその時、兄に向って、『まだ原因もはっきり分かってないんやから、付けんかった接地銅板のことは誰れに聞かれても言わんとこや』と相談し、内緒にすることに決めたのです。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月三〇日付供述調書)などと供述していることに徴するとき、たとえ、被告人が捜査段階においても、このような弁解をしていた時期があったとしても、被告人の捜査段階における右供述や原審公判廷における同旨の供述は、己の刑責を免れ、あるいは軽減せんがための、弁解のための弁解にすぎないことは明らかであり、この点について原判決がるる説示しているところは到底首肯できないものを含んでいるといわなければならず、原判決は、この点でも、事実誤認の誤りを犯しているというべきである。

さらに、以上の説示に関連する弁護人らの主張につき付言することとする。

まず、弁護人らは、前述のように、原判決が「作業をいったん中断して右部品の有無を確認し、これを発見したうえで作業に着手すべきであるか、あるいは、少なくとも、作業に着手するにしても、接地銅板が発見された時点でこれを取り付けることが可能なような状態までで作業自体を止めおく形で工事を進行すべきである。」と説示している点について、作業の中止云々という代替的手段を講ずることができたか否かということは、訴因の枠をはみ出した、本来被告人の防御の対象のらち外の事項であり、原判決のこの言及は訴訟法的にも不当で許されないところである旨、そもそもケーブルの発火そのものについても被告人には予見可能性はなく、この点の原判決の認定も誤りである旨主張するとともに、被告人は、末端の一現場作業員にすぎず、現場監督Dの指揮監督の下に、同人から指示されるまま、また、十分な電気関係の知識もないまま、同人の手足として作業に従事していたにすぎない、いいかえると、本件の一連の工事については、同人が全責任、全権限をもって遂行していたものであって、工事における安全性の確保ももっぱら同人の職責であった、かかるごく補助的な立場にあり、しかも片端式Y分岐接続器の接続工事の経験もなかった被告人としては、Dから本件Y分岐接続器がこれまで関西電力株式会社の関係で扱ってきたものと同じである旨誤った説明を受け、Dから本件Y分岐接続器と一緒に接地銅板の引渡しも受けないまま工事に着手するのやむなきに至り、工事日程に追われるまま、その後の前判示のような経緯の中で作業を進め、接地銅板(小)を取り付けないまま作業を了したことも、まことにやむを得ない成り行きであったといわざるを得ないし、また、本件Y分岐接続器の内部で導通していると考えたのも無理からぬところであったといわざるを得ない、前判示のような経緯の中にあっては、被告人としては、接地銅板(小)を取り付けることは不可能であったというべきである(原判決は、被告人が作業手順書を事前によく読んでさえおれば、接地銅板(小)を取り付けないという結果を回避し得た旨説示するが、右作業手順書のこの点に関する記載は甚だ不備なわかりにくいものであったのであるから、仮に、電気関係に通暁していない被告人が事前にこれをよく読んでいたとしても、右作業手順書の記載を理解しその指示どおりに作業を進めることができたとは到底思料されず、したがって、この点について被告人を非難する余地はない。)以上、右工事終了直後にDに接地銅板(小)の取り付けをしていないことを告げ、同人に善処を委ねたことで、なすべき最善の手立てを講じたものと評すべきである、ボルトの取付位置を誤った点についても、この作業を実際に担当したのが被告人なのか兄Bなのかは証拠上確定されていない以上、被告人の責には帰し得ないところといわなければならない、また、Sでさえも、接地銅板(小)を取り付けなかったことでY分岐接続器の半導電層部に誘起電流が流れ、本件のようなプロセスを経て本件火災事故に至るとは全く思い及ばなかった旨供述していることを考えるとき、同人のような知識もない被告人において、こうしたことを予見し得なかったのは当然であって、少なくとも予見可能性がなかったことは明らかである。そもそも、本件火災事故については、責任を問われるべき人があるとすれば、それは、Dなのであって、同人の責任を不問に付し、かつ、T運転手をはじめとする近畿日本鉄道株式会社の関係者の手落ち、不手際をも不問に付したまま、本件火災事故のはるか以前の本件火災事故からは迂遠な被告人のささいな行為にその原因を帰することは到底許されないところであるなどと主張する。

まず、訴因の拘束力を云々する所論についていえば、原判決中所論の指摘する説示は、被告人の接地銅板(小)を取り付けなかった不作為の注意義務違反の内容を具体的な形にして説示したものにすぎず、右不作為とは次元を異にする代替的手段につき説示したものではないことは明らかであるから、所論は前提を欠くといわなければならない。ケーブルの出火の予見可能性を云々する所論も、本件がケーブルの直接的な発火というプロセスをとったものではなく、誘起電流が本件Y分岐接続器の半導電層部に流れ続けたことにより、前判示のようなプロセスを経て発生したものである限り、原判決に対する論難としてはともかく、当裁判所の前記認定に対する論難としては的外れのものといわざるを得ない。

次に、被告人の立場についていえば、被告人は、前判示のとおり、株式会社A電設の代表者として株式会社昭和電設から本件工事を請負ったものであって、同社あるいはDに雇傭されていたにすぎない者ではない以上、本件工事の実施につき全責任、全権限を有していた者であることは明らかである、たしかに、本件事故については、Dが現場監督の立場にあったのであるが、同人は前述のように接地銅板の形状も役割も理解していない、およそ電気関係の工事についてその安全性の確保の責を負うべき適格を全く備えていない人物なのであり、そもそも、同人の原審証言等を総合するとき、同人の役割は、元請けの株式会社昭和電設の立場を代表して、工事が契約通りの工事日程で遂行されるよう監督することに尽きるのであって、工事の具体的な進め方、具体的な作業内容につき、その安全性の確保等の観点から被告人らを監督すべき職責を担っていたわけではないことは明白である。本件工事の実施面については、被告人が全責任を負っていたことは疑いをさしはさむ余地の全くないところというべきである(被告人は、捜査段階においては、「昭和電設の下請ということになっておりますが、私の会社も独立した電気設備工事業を営んでいる会社ですから施工した工事は全て責任施工と言いまして施工した業者が責任を持って工事を仕上げ発注者に引渡さなければならないことになっているのです。この工事に関しては、すでに話しておりますように正式な契約書こそかわしておりませんが、責任を持って工事を仕上げミスのない仕事を発注者に引渡すのが下請業者の義務であります。私はあの工事に関して施工責任者であり、たとえ従業員の兄Bは私の実兄でありましても仕事の指示、監督は、私がしておりました。」(司法警察員に対する昭和六三年一一月二八日付供述調書)などと供述し、自分が全責任を負って作業にあたるべき立場にあったことを明確に認めているのであって、所論のような弁解は全くしていないのである。)。被告人が電気関係につき相当の知識、技能を備えていたこと、被告人が本件Y分岐接続器が片端式のものであることを事前に知らされていたこと、被告人が本件工事の直後にDに対して接地銅板(小)の取り付けをしていない旨告知した事実はないことなどは全て前述のとおりであって、これらの諸事情を総合するとき、本件事故の責任がDにあり被告人にはない旨の所論はいたずらに非をDに転嫁せんとするものに他ならず採用の限りではない。作業手順書の記載の不備をいう所論も、右作業手順書が一般の素人に理解させる目的で作成されたものではなく、いわば電気関係のプロの職人を対象としたものであり、このことを前提とする限り、右作業手順書の記載は十分なものであるというべきであって、被告人が事前にこれを読んでさえいれば、その記載内容を完全に理解し得たこと、したがって、その後のボルトの取り付けのミスを回避し得たことは明らかであるといわなければならない(ボルトの取り付けの作業を担当したのが被告人か兄Bかが証拠上確定されていない旨の所論も、被告人の立場が前述のようなものであり、兄Bが被告人の使用人であって被告人の指揮監督の下に作業に従事するものにすぎないことは原審取調べにかかる関係各証拠によって明らかである以上、実際にボルトの取り付け作業を行ったのが被告人であるか兄Bであるかは被告人の刑責を考えるうえで何らの消長をきたすものではないというべきである。)。また、近畿日本鉄道株式会社の関係者の落ち度を云々する所論も、主張自体具体性を全く欠くものであるうえ、原審記録を精査しても、これらの関係者に本件火災事故を誘発したと疑われるような何らの事情も存在しないことが明白であるから、これまた、責任を他に転嫁せんとする不合理な主張という他はない。S証言を云々する所論も、同人は、接地銅板を取り付けないなどということが全く予期できなかったところから、その場合にどのような事象が起こるかを具体的に想定予見していなかった旨供述しているにすぎず、接地銅板の取り付けを怠ればY分岐接続器の半導電層部に誘起電流が流れ続け、その結果、細かいプロセスはともかく、本件のような不祥事に至る蓋然性を認識していたことは明らかであるから、所論は前提を欠くといわなければならない。以上の弁護人らの主張は全て排斥を免れない。

以上の説示からして、弁護人らのその余の主張につき按ずるまでもなく、被告人の注意義務違反と予見可能性の存在は明白であって、疑いをさしはさむ余地の全くないところといわなければならない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書を適用して、次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、株式会社A電設代表取締役として、同会社が請け負う電力ケーブル接続工事等に従事するものであるが、昭和六一年三月二三日から同月二六日までの間、同会社が近畿日本鉄道株式会社東大阪線開通工事の一環として請け負った同東大阪線新石切駅・生駒駅間の大阪府東大阪市上石切町から奈良県生駒市元町に至る生駒トンネル(全長約4737.4メートル)内の同トンネル西口起点約一九四九メートル東方付近側壁の横穴における電力ケーブル(配電線。三相交流。二重系統。特別高圧《二万二〇〇〇ボルト》ケーブル)接続工事を前記株式会社A電設従業員Bほか二名を使用して施工するにあたり、同接続工事は、同トンネル西方の新石切変電所から同トンネルを通って同横穴まで敷設されている電力ケーブル六本と同トンネル東方の新生駒変電所から同トンネルを通って同横穴まで敷設されている電力ケーブル六本の各先端をY分岐接続器六個によってそれぞれ同じ相ごとに接続したうえ、各接続箇所から電力ケーブル一本を分岐させて同トンネル上方の石切き電開閉所に敷設するための作業であり、同電力ケーブルに課電されあるいは通電されることによって誘起される電流を誘導するために同電力ケーブル内部に施された遮へい銅テープの三方(新石切変電所側、新生駒変電所側及び石切き電開閉所側からの三方)間を電気的に接続するための接続銅板(接地銅板)を各接続器に取り付け、誘起された電流を同接続銅板及び新石切変電所側の遮へい銅テープを経由し同変電所に設置されているアース端子を通して大地に流す導通路を確保し、もって、同電流が他の箇所に漏れて発熱によりY分岐接続器や電力ケーブルを焼燬して火災を生じないよう設計されていたのであるから、およそ工事施工者としては、同工事のためのY分岐接続器組立作業説明書に示された作業手順を遵守し、接続銅板の取り付けを怠ることなどないよう万全の注意を払い、漏電による火災の発生及びこれに伴う電車乗客等の死傷の結果の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同接続器六個にそれぞれ取り付けられた新生駒変電所側と新石切変電所側の遮へい銅テープ間の接続銅板の取り付けを行うに際し、右両遮へい銅テープ間を絶縁抵抗計によって測定の結果、電気抵抗が検出されなかったところ、これは電気抵抗値の測定に適さない絶縁抵抗計を使用したことによるものであり、実際は、右両遮へい銅テープ間に接続されたY分岐接続器の半導電層部に電気抵抗があるのに、これを看過し、電気抵抗が検出されなかったのは右両遮へい銅テープ間が同接続器の構造上内部で電気的に接続されていることによるものと誤認し、同接続銅板の取り付けは不要であるとしてこれを取り付けなかった過失により、同年四月二一日以降、同電力ケーブルに二万二〇〇〇ボルトの電圧が課電されあるいは同電圧による電流が通電された結果、新生駒変電所・Y分岐接続器間の電力ケーブル六本の各遮へい銅テープに誘起された電流を大地に流す導通路が断たれ、同電流が同接続器内部の半導電層部に漏えいして、徐々にこれを加熱、炭化させたうえ、アーク放電を発生させ、遂に、昭和六二年九月二一日午後四時過ぎころ、同半導電層部を炎上させ、これを同接続器に接続されている電力ケーブルの外装部に燃え移らせて火を失し、同電力ケーブル等ケーブル合計一一本等を焼燬し、同トンネル内に濃煙及び有毒ガスをまん延させ、もって公共の危険を生ぜしめるとともに、同日午後四時二一分ころ、同電力ケーブルの炎上による地絡により、き電停止の事態を招来させ、折から、生駒トンネル西口から同トンネル内に進入してきたTの運転する同東大阪線長田駅午後四時九分発生駒駅行き下り列車(電車。六両編成。列車番号四五七六。乗客約七〇名)を同トンネル西口起点約2735.5メートル東方のトンネル内に停止するに至らせ、同列車の乗客及び乗務員を、同日午後五時一九分ころまでの間、同トンネル内に閉じ込め、その間、煙及び有毒ガスを多量に吸引させ、よって、乗客及び乗務員のうち、M(当時五六歳)をその場で急性呼吸不全により死亡させたほか、別表記載のとおり、Y(当時一五歳)ほか四二名に対し、加療約六日間ないし八九日間を要する低酸素血症、上気道炎等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法一一七条の二前段(一一六条二項)、同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(業務上失火の点)、各被害者毎に同刑法二一一条前段、同罰金等臨時措置法三条一項一号(業務上過失致死傷の点)、裁判時においては平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一一七条の二前段(一一六条二項 業務上失火の点)、各被害者毎に同法二一一条前段(業務上過失致死傷の点)に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから同法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として刑及び犯情の最も重いMに対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮二年六月に処し、情状に照らし、平成三年法律第三一号附則三項、平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

被告人は、前判示のとおり、Y分岐接続器と特別高圧電力ケーブルを接続する工事を施工するにあたり、三本の右ケーブルに施された遮へい銅テープを電気的に接続するための接地銅板の一つを右Y分岐接続器に取り付けなかった過失により前判示のようなプロセスを経て前判示のような火災事故を招来したものであって、その過失は、電気技術者としての基本的な注意義務を怠った重大なものであり、また、その結果も、近畿日本鉄道株式会社の東大阪線に公共の危険を生ぜしめるとともに、その設備に甚大な物的損害を与え、さらに、たまたま右火災事故に遭遇した乗客のうち一名を死亡させるとともに、四三名に前判示のような傷害を負わせたというきわめて重大なものであって、被告人の刑責にはまことに重大なものがあるというべきである。

しかしながら、他方、被告人には前科前歴はなく、被告人は、長年正業に従事して真面目な社会人として過ごしてきた者であること、前述のように被告人の過失は重大であり、その結果もまことに重大なものであるけれども、被告人が接地銅板(小)を取り付けなかったことについては、たまたまY分岐接続器と接地銅板とが東大阪線工事事務所の中に一緒におかれていなかったという偶然の事情が大きく影響しており、この点は被告人のために斟酌すべき一面があると思料されること、被告人は、前述のとおり、原審及び当審の公判廷では自己の刑責を免れんがために汲々として虚偽の供述をくりかえしているのであるが、捜査段階においては、事実をありのままに供述する誠意ある態度を示していたこと、本件火災で死傷した被害者、被害者の遺族に対しては、近畿日本鉄道株式会社の尽力でしかるべき損害賠償がなされて示談が成立しており、これらの人々の被害感情もそれなりに宥和しているものと推認されること、本件火災事故のため被告人自身もこれまでにいろいろな形で社会的制裁を受けてきたと思料されること、被告人の年齢、家庭の事情等被告人のために酌むべき諸事情も認められる。

よって、以上の諸事情を総合的に考慮し、主文のとおり量刑した次第である。

(裁判長裁判官日比幹夫 裁判官中川隆司 裁判官遠藤和正)

別表<省略>

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